ASMR 蒲生久伊豆神社
投稿日 2024/04/16 ・ 55 回再生 ・ 高評価 1
概要欄
長い間、ここ越谷は蒲生という地にご縁を頂いております。 越谷というところまで広げると、小学2年の頃から、途中いろいろなところへも行きましたが、縁頂き、この年までなんやかんやとても元気に暮らすことができました。 改めて、水と緑の国、越谷の地元のかみさまに、親愛と感謝の気持ちをお伝えしにお参りしてきました。 思えば昭和50年に初めて古千谷橋(足立区)から越谷市大袋に引っ越してきたときは、まだ新越谷駅はありませんでした。 大袋を池袋、と勘違いしまして、さぞかし大都会に住むのだなと思っていたら、水田と空き地ばかりの土地でびっくりしたのを覚えています。 当時は、養鶏所がたくさんあり、さかさ川、元荒川、古利根川と、魚釣りも豊富にできました。 空き地で野球をし、田んぼのあぜみちを自転車で乗り回し、下手で釣れないけど友達と魚釣りにでかける日々でした。 そこから僕たち新しい住居者が集まるようになり、あっという間に住宅街、ベッドタウンになりました。 高度経済成長の佳境の昭和50年代、空き地はなくなり、魚は川からいなくなり、養鶏所養豚所も見なくなりました。 私はというと、受験、そして社会人へと大人になり、その頃は、魚のいる川も野球のできる空き地も、必要なくなっていました。 その後近所の仲の良いおじさん、そして自分の両親も越谷を離れていきました。 私は偶然ですが、37歳の時に越谷に戻り(現在56歳)、接骨院をこの地で始めました。 今回京都、鎌倉と素晴らしい自然豊かで歴史ある土地を旅しましたが、自分感覚ですが、越谷には独特のオーラ、明るさを自分は感じます。田んぼや畑は減りましたが、東京よりはまだまだ緑が残っています。そして東京を作って、支えてきた人々の血と汗のにおいがするエネルギーと自然の融合があるのです。 人々も(人口が)減り、緑も減り。でも元気なんですね。稲も、カラスも、鳩も、おばあちゃんも。生き生きしている。 僕が草野球をしていたころは、爆発的な人口と、豊かな自然、草っぱらがあった。そのどちらがかけていても野球は栄えない。奇跡の重なりでした。 今、自然も人口も両方減ってきていますが、奇跡の重なりが、これからまた起こるのではなかろうか。そんな勝手な妄想を自由に楽しんでおります。答えは越谷の神様のみぞ知るといったところでしょうか。 にしかわオステオパシー:https://www.nishikawa-gamou.com/ #久伊豆神社 #蒲生久伊豆神社 #越谷 #越谷市 #蒲生 #綾瀬川#ASMR #自然音 #環境音














